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2011年8月27日土曜日

イエスから観た3人の女性たち-2

イエスの実父である祭司長ザカリアは、当時の社会では正しき信仰の人として異なる宗教の垣根を越えて人望を集めていた存在ではありましたが、天使ガブリエルの祝福により不妊の妻エリザベツが洗礼ヨハネを受胎することが受け入れられず、わが子ヨハネが生まれるまで言葉を話せなくなりました。

要するに神々への信仰が観念的であったということですね。これはアブラハムの時代に年老いた妻サラが子イサクを身ごもることを天使から告知されていながら信じることが出来なかったアブラハムの立場と良く似ているのです。

洗礼ヨハネは、預言者エリアの再来として生まれたのですが、父母であるザカリアとその妻は、それを素直に認めることが出来なかったのです。なぜならそれを認めることは結果としてイエスを救い主メシアとして認めることになるからです。当時洗礼ヨハネは、多くの人から彼こそが救い主メシアではないかと思われていたのです。そのためイエスが救い主を明かす預言者エリアなのかと誰もが当惑していたのです。

ヨハネは祭司長ザカリアの息子であり、イエスはザカリアとマリアの子でありながら、表向き名も無い大工の息子でしたから、立場は不利であったのですね。ですからそれらの人間的事情を乗り越えて、洗礼ヨハネを預言者エリアとして、またイエスを来るべきメシアとしてザカリア夫婦がイエス誕生の時から受け入れることが、特にイエス出生の秘密を超えたエリザベツの神への忠誠と信仰がとても重要であったのです。本来、エリザベツは、神に祝福されたマリアとイエスの立場を理解することで夫ザカリアの信仰を正し、そして預言者エリアとしての使命を持つ洗礼ヨハネの家族としてマリアとイエスをしっかりとサポートすることが天命であったのです。

またエリザベツは、夫ザカリアとマリアとの間にイエスが天使ガブリエルの祝福を受けて出生していたことを知っていたとしても、それを容易に受け入れることは出来なかったのです。このところは、アブラハムと側女ハガルとの間に生まれたアラブの先祖イシマエルを受け入れることが出来ず、ハガルとイシマエルを荒野に追放してしまったアブラハムの妻サラの失敗と似ているのです。

もしもエリザベツが神々への信仰をしっかりと立てながらマリアとイエスを受け入れていたら、ザカリアと洗礼ヨハネは、メシアとしてイエスを受け入れるための体制を短期間の内に築いていたことでしょう。それほどにザカリアの立場は大きかったのです。そして何よりもイエスが苦難の十字架の道を行く必要は避けられたはずであり、その後の歴史は大きく変わっていたことでしょう。

2000年前のイエスの時代に最も重要な立場にあったのは、エリザベツの家庭なのであり、故にこそ歴史的な課題が重く圧し掛かっていた家庭でもあったのですね。

それでは現代におけるザカリア家庭の役割は誰が担っているのでしょうか。結論から申せば、その存在は自らの天命を誤認することでザカリア家庭の失敗を克服することが出来ず、それどころか洗礼ヨハネとイエスの復活体の立場をも奪ってしまう結果となっているのです。要するにこの世に生ける神として崇拝されているのです。

その存在は、水面下では世界支配中枢体制に影響を与えるところまで組織は拡大しているのですが、最終的には自己崩壊により数多くの宗教難民をはらむことになるでしょう。いずれ自らの役割と教義の根本的な間違いを認識出来た時にこれら複数の新興宗教は自ら浮上することになるでしょう。今のところ前向きな動きは見られませんが、せめて数多く生まれるであろう宗教難民に救いの手が差し伸べられることを心から祈りたいと思います。

それではイエスの母マリアの課題とは何だったのでしょうか。

当時、多くの異教徒からも人望を集めていた祭司ザカリアとエリザベツ、そして洗礼ヨハネの不信により道を閉ざされてしまったマリアとイエスの立場ではありますが、全ての準備基盤を失い、ゼロからスタートする立場でありました。しかしイエス誕生の秘密を証し出来ない夫ヨセフの前にマリアはイエスを神の子として証しすることは難しい課題であったのです。このところにおいてもエリザベツ家庭のサポートがあれば超えて行けた課題であったでしょう。

ザカリア家庭と夫ヨセフを初めとする全てのサポートを失った母マリアであり、神の子として歴史的な役割を担うイエスを守らなければならない立場でありながら、時間の経過と共に神の子イエスへの認識が薄らいで行ったマリアなのであり、人間としての母親ではありながら、神の子イエスの心情からは遠い存在であったのですね。だからイエスは、「汝は私とどんな関りがあるのか?」とマリアに問いただす時があるのです。

新約聖書を観ても神の子イエスと母マリアの間には大きな隔たりがあるのであり、純粋な信仰を持ち合わせていた母マリアではありますが、残念ながら神の子イエスの使命を理解することは出来なかったのですね。それではなぜマリアはイエスの使命を理解することが出来なかったのでしょうか。

結論から申せば、マリアはそれなりに神への信仰に目覚めてはいたのでしょうが、「人は誰もが神の子として創造されている。」という認識には欠けていたということですね。Project GAIAのメッセージでははっきりと語られてはいますが、当時はそのようなメッセージは無かったのです。已むを得ないことではありますが、せめて母親マリアがイエスの心情に触れることで神々の計画に触れていたら、イエスの十字架の後の母マリアは、イエスの内々の妻マグダラのマリアと共にイエス復活の道を整えて行ったことでしょう。しかし残念ながらイエス出生の秘密と共に神の計画は神格化する弟子たちによりもみ消されていったのであり、以後2000年の間、十字架の犠牲を神の願いとする間違ったキリスト教が栄えることとなり、キリストの再臨の時代を待つこととなるのです。

マグダラのマリアの課題については次回に述べたいと思います。


感謝合掌